喫茶店の入り口のドアについているベルが鳴った。どうやらお客さんが来たらしい。 厨房で【バンドっ子】と話していた俺はそれを口実にそこから出る。 【バンドっ子】には悪いが、俺にはギターだのエフェクター? だのそういう話をされてもついていけない。 第一なんだよ、「ブートレックって歪み系で、使うと確かに歪むんだけど歪むんじゃないのって言いたくなるのよ」って。 とりあえず今の文章の中で知らない言葉が二つ三つあるからコメントのしようがない。 「いらっしゃいませー」 マニュアルどおりの挨拶とお辞儀。 きっと採点でもすれば少なくとも80点は下らないだろう。その自信はある。 「いらっしゃいました」 ――ちくしょう、こいつかよ。 顔をあげると、そいつは入り口のところでニヤニヤしながら立っていた。冷やかしか? 「なんだその露骨に嫌そうな顔は」 「嫌だからこういう顔してるんだが」 まずいまずい、本音が出てしまった。一応お客様だからあまりこういう言動は控えないとな。 「だったら他の子に接客させてくれよ。俺のお目当てはお前じゃない」 前言撤回。 「奇遇だな。俺もお前はお目当てじゃない」 しかしまあコイツは、諦めが悪いというかなんというか。 【友人】は極度の女好きで、一度ストライクゾーンに入った女の子はすぐに覚えてしまう能力を持つ。 まあお陰で俺はここを紹介してもらった訳だが、コイツはここにくる目的が他の人と少し違う。 いや、だいぶ違う。 どんな目的か? 店員の女の子と仲良くなるのが目的だそうだ。 その為に罵倒されようがなにされようが何度も足を運んでいるのにはある意味敬服する。 仲良くなるにはここでバイトするのが一番……なのだが、あの俺を雇った店長がコイツを見た途端、 「女の子を口説くつもりだから困る」とか言って軽く一蹴した。 すげぇ、面接も何もしてないのに【友人】の本性を見抜いちゃったよ。 でも諦めずに店長を見かけるたびにバイトにしてくれと頼む。どんだけ必死なんだと。 「つーか今誰がいるの?」 「お前に教える義理はない」 「んだよー、教えろよ。俺とお前の仲だろ?」 どんな仲だよ。 一応“お客様”なのでツッコミは心の中で控えとくようにするのが俺のマニュアル。 あと本気でコイツに教えると厨房にまで口説きに行くから困る。 「こちらのお席にどーぞ」 つまり、ツッコミがないってことはスルーってことね。 トイレの横って考えもあったがさすがにそれはかわいそうなので窓際の席へ。 お冷を持ってきてもまだコイツは店内に目を光らせていた。 いい加減にしなさい。 今日の戦績。 【バンドっ子】――3戦0勝3敗。 【ツンヨワ】――2戦0勝2敗 店長――10戦0勝10敗。 ……これでよく毎日来られるよ。 店長へのアプローチが多いのは、それほどここでバイトしたいってことなんだろうが……こりゃ、無理だろ。 「毎日やってりゃいつかは認めてくれるんじゃね?」 「どうだか」 会計を済ませる時にレジで多少そのことを言ってみたが、考えを改める気はないそうだ。 まあ、この程度で諦めるんなら既に諦めてる筈だがな。 しかし何をモタモタしているんだ? 金額は打ち出されているのに【友人】は財布の中をずっと引っ掻き回している。 まさか―― 「…あ、【主人公】、わりい」 「なんだ?」 「金がない」 「……は?」 おい、今このバカで軟派なお客様、なんて言いやがりました? 「だから、金がない」 「…おい」 お前普通に飯食っててそれはねーよ! と大声でツッコミたいが俺のマニュアルではそれは禁止されている。とりあえず事情聴取を―― 「そういう訳だから、俺の代わりに立て替えといてよ。んじゃ!」 「まてこら!」 くるりと方向転換して逃げ出そうとする【友人】の首根っこを掴んで食い逃げを阻止した。 食い逃げが悪いのはもちろんだが、コイツを逃がしたら俺の命も危ない! 店長とか意外と金にうるさいんだぞ! 「なんだよ、俺はお前の友達で、かつ客だぞ?」 「金を持ってない時点でお前は客じゃない」 そんなにお前は俺を怒らせたいのかね。「【友人】のみ暴行可」とマニュアル改訂するぞ? 本当に金を持っていないのか確かめようとすると、 「つまりこういうことか? 『お金を払わない限りこの喫茶店から出ることは出来ない……』」 「Exactly(その通りでございます)」 ごめん ジョジョネタがやりたかっただけなんだ